2006年ドラ1は誰?

おはようございます。ヤクルトけんちゃんです。

本日多くの県で緊急事態宣言が解除されます。
東京も昨日の新規感染者が10人ですか。毎日暑い日が続いてますが、この熱気にコロナウィルスも参っているのでしょうか。

さて先日こんな記事がありました。2006年のドラフト1位は大当たりだったという話です。
2006年にドラフトで高卒とすると32歳、プロ野球選手としては脂が乗り切った年代です。
この年のドラフトは豊作でした。
当時は高校生ドラフトといって、高校生と大学生・社会人を分けてドラフト会議にかけていました。
面白いですね。高校生を分けるのはなんとなくわかりますが、大学生と社会人が分けていないというのは、
実際に毎年ドラフトにかかる選手数では大卒・社会人の数がそれほど多くなく、
また高校生は育成目的、大学生・社会人は即戦力と言う考え方なのでしょう。

この年のドラフトNo1は高校生ドラフトで楽天が4球団競合の末指名権を獲得した田中将大投手です。
甲子園でハンカチ王子斎藤佑樹と投げ合い、一躍全国区の選手となりました。
斎藤投手は高卒後早稲田大学に進学、2010年のドラフトで4球団競合の末、日ハムに入団。
(この4球団には我がヤクルトも入っています)
プロ入り後のハンカチ王子のとほほぶりはご存知の通りです。
甲子園でまあくんと投げ合った時には我々素人にはどちらも素晴らしい投手で、実際斎藤は早稲田大学でも活躍し、
ドラフトでは4球団競合の大人気だったわけで、わからんもんです。
プロ入り後の二人の人生がここまで明暗分かれるなんて。

もう一人のダイヤモンドは広島の前田健太投手です。
甲子園でもそこそこの活躍ぶりで、高校生ドラフトで広島が単独指名でした。
プロ入り2年目から広島のエースに躍り出て今日に至っています。
広島は本当にドラフト戦略が優れています。
しかし前田投手は2年目から田中投手はプロ入り1年目から大活躍しています。
同じ高卒ドラ1でもヤクルトの寺島投手のようにもうプロ入り4年目です。
寺島投手が大器晩成型であることを祈ります。

あと一人巨人の坂本勇人内野手も2006年高校生ドラフト1位のダイヤモンドです。
坂本選手は前記2投手と違い外れ1位指名です。
1位で巨人は堂上直倫を中日と競合して敗れた末の坂本選手指名でした。
堂上選手がプロ入り13年で411安打しか打っておらずレギュラーポジションも掴めていない状況を見れば
外れ1位の坂本選手は大当たりでした。ヤクルトの山田哲人選手と言い、わからんもんです。

以上3人は名球会入りが視野に入っています。
田中投手は昨年までで日米通算174勝ですから、今後怪我さえなければ200勝達成は楽勝です。
一方前田投手は日米通算144勝ですから32歳という年齢から相当頑張る必要あります。
坂本選手は昨年までに1884安打、残り116安打。
今年順調に開幕していれば最年少での2000本安打達成も視野に入っていましたが、コロナ騒ぎで
それもなくなりました。しかし2000本安打達成は間違いないところです。
こう見ると、200勝と2000本安打を同列に見るのは現在のプロ野球の投手分業制からいっても
フェアーではないような気がします。

さてそれでは2006年のヤクルトの高校生ドラフト1位は誰かと言うと、都立鷺宮高校から西武との競合で、
ヤクルト入りした増渕竜義投手です。
右投げの速球投手で、一時ヤクルトでは2005年村中恭平、2006年の増渕、2007年の由規、2008年の赤川克紀と並べて
ドラ1カルテットを誇っていました。
その増渕投手はヤクルトで7年間157試合 15勝26敗 29Hと大成できずに終わりました。

そのドラ1カルテットも村中投手と由規投手はまずまずの活躍でしたが、赤川投手は6年間で14勝20敗と今一で終わりました。

2006年ドラフトは上述のように大豊作、というか球史に残る選手を輩出しましたが、片や中日に行った堂上選手や、
ヤクルトも増渕投手のように飛躍できなかった選手と悲喜こもごもです。
(すみません、堂上選手はまだ現役で、結論は出ていません)

上記数字は各選手個人のWikipedia 及びYahoo スポーツの成績等を参考にさせていただいています



 

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