元祖二刀流

おはようございます。ヤクルトけんちゃんです。

今や大谷翔平選手を知らない日本人はいないでしょうし、アメリカでも少なくとも野球ファンで「オータニさん」を知らない人はいないでしょう。
メジャーでMVPを取ったり、本塁打王を争ったり、昨年はとうとう規定投球回数と規定打席数の両方をクリアーするという真の二刀流を米メジャーで達成したわけです。
先発投手としてフル回転したうえで、本塁打王を争うようなスラッガーぶりで、この二刀流という面ではこの先も大谷を上回る選手が出現しうるのか、です。

よく大谷と比較されるのがベーブ・ルースです。
ベーブ・ルースは1914年から22年間メジャーで活躍、打者としては714本塁打という金字塔を打ち立て、2217打点、通算打率も.342という驚くべき強打者だったわけです。このベーブルースの通算本塁打記録は長く破られることはなく、巨人の王貞治がその記録を抜いたと日本のマスコミは勝手に大騒ぎしていたわけですが、NPBの記録とメジャーの記録を比較すること自体反則です。
ベーブ・ルースは投手としては163登板、148先発で94勝46敗4Sで2.28ですから、投手としてフルに活躍したのはプロ入りしてから5年程度のようです。
しかしベーブ・ルースの記録も100年以上昔の記録で、すべてが変わった今日のメジャーと比較するのもいかがなものかと思います。

さてそんなメジャーの二刀流に比べ、我がNPBではその昔に別所毅彦という怪物がいました。
1942年ー48年は南海(今のソフトバンク)、49年から60年は巨人で現役時代を送り、(延べ17年間)投手としては662登板、4350.2回を投げ483先発、335完投、310勝-178敗、2.18という驚くべき成績です。1947年には55登板、50先発、448.1回を投げ47完投、30勝19敗、1.87という成績です。
金田正一投手もそうですが、昔の投手は今から見ればとんでもない働きをしていたわけです。
一方別所選手の打撃成績は2111打席で35本塁打、248打点、.254で投手としての働きと比べると大きく見劣りします。
この別所氏68年―70年にヤクルトの監督を務めてました。
残念ながら当時のヤクルトは弱く、別所監督時代の成績は4位・5位・6位でした。
チームの戦力が乏しかったこともありますが、この別所氏は監督としての手腕は投手としてほどではなかったということです。

ヤクルトにはもう一人現役ヤクルト選手としての二刀流がいました。
外山義明選手です。外山選手は1947年生まれで高校・社会人経由で1969年ドラ6で入団、左投げ左打ちの選手です。
70年―71年ヤクルト
72年―73年ロッテ、
74年―78年南海に在籍、ヤクルトでは2年間で76登板、33先発で9勝21敗、ロッテでは4登板のみ、南海では3登板1先発1敗で、トレードされてから投手としてはほとんど活躍できませんでした。通算で283.1回を投げ、3.50でした。

打者としては入団2年目に三原監督に打力を買われ二刀流に153打席、3本塁打、12打点、プロ通算では418打席9本塁打、43打点で.219でした。
大谷選手とは比べ物になりませんが、昔ヤクルトにも投打の二刀流がいた、という話です。

しかし以上の各選手を見ても投打ともに超一流というと大谷選手に軍配を上げざるを得ません。

上記数字は各選手個人のWikipedia及びYahooスポーツの成績等を参考にさせていただいています

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